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第312話

「分かってるわ」弥生はうなずいた。「専門書を読んだんだけど、ひどい痛みが長く続けば病院に行かなきゃって。でも、今は何でもないでしょ?」

「『何でもない』?痛みがあるってことは症状があるってことよ、じゃなきゃ痛むはずがないでしょ?最近休みが足りないのか、考えすぎなんじゃないの?しっかり検査しないと、安心できないわ」

「はいはい」由奈の言葉に、弥生は仕方なく同意するしかなかった。

前回、瑛介に検査を受けるように促さなかったのは確かに自分の落ち度だったかもしれない。今は彼がその後どうなったのかも分からない。

そのことを考えると、弥生の表情が少し曇らせ、下唇を噛んだ。

もう離婚して、今後は無関係の他人になるというのに、この瞬間にも彼を思い出すなんて、なぜだろう?

今日、市役所の入り口で彼に会ったとき、手を握ろうともしなかったし、余計な視線も投げかけてくれなかった。それなのに、彼のことを思い続ける意味なんてあるのだろうか?

いい加減に目を覚まさなきゃいけないよ、弥生。彼との結婚生活なんて、もともとなかったんだから。

「何考えてるの?」

由奈は彼女のぼんやりした様子に気づき、不思議そうに尋ねた。

その声に、弥生は我に返り、唇には淡いがとても苦い笑みを浮かべた。

「考えちゃいけないことを、ちょっとね」

由奈には何でも話せる仲だったので、その言葉を聞くと、彼女もすぐに弥生が何を考えていたのか察した。

「考えちゃいけないって分かってるなら、考えなきゃいいのよ」由奈は不満げに言った。「離婚したんだから、今後の自分の人生をどう生きるかを考えたほうがいいんじゃない?」

弥生は目を伏せ、「その通りね」と言った。

由奈はそんな彼女を見て、思わず彼女の頭を撫でた。

「いい?何があっても、私がいるから。それに、あなたは一人じゃない、赤ちゃんもいるんだから。赤ちゃんから力をもらえるわ」

「そうね、赤ちゃんがいるもの」

もし赤ちゃんがいなかったら、きっと今ほどの勇気を持つこともできなかっただろうと、弥生は思った。

気持ちを整理して、彼女は再び顔を上げて由奈に微笑んだ。「明日、一緒に宮崎家に行って荷物を整理するのを手伝ってくれる?」

「分かった」由奈はうなずいた。「今夜は行かないの?」

「今夜はいいわ。明日荷物を整理したら、病院に行っておばあちゃんに会いたいの」
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